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                     カペタには負けないぞっ!
                ------サラリーマン親子のカートデビュー奮闘記------


第二章 雪どけの青き旅立ち

  秋の爽やかな日曜日の朝、私は1週間の疲れが溜まっていたのか、なかなか起きることができなかった。
と言っても毎週のことである。いつもの日曜日のように、息子が枕元へ来て言った。
  「父さん、喝!(かつ!)が始まるよ」と。喝とは、元プロ野球選手の大御所2名が1週間のスポーツを批評するテレビ番組で、「喝」や「あっぱれ」と言う批評が有名なコーナーである。このテレビ番組を観ながら朝食を済ませ妻と息子に話を始めた。

 「カートのことだけど、色々調べたけど今はお金がないんで、ジュニアカートスクールってやつに行ってみるか?そのスクールに行ってみて、その後まだカートを続けたいかどうか良く考えてからカートを買うことにしよう。」
 間髪いれず息子が、「行こう、今日? 何時に家出る? どこ?」 相変わらず自分の興味のあることだけには、スペインの英雄アロンソもびっくりの速さで切り返してくる。私は、「ちょっと待て!」と息子の顔を見ると、本人はステアリングを握り、どことも知れぬ1コーナーを見つめる目つきであった。
 「オイ!」 はっとした顔で息子が私を見つめ返したので、「今日じゃない、先ず申し込みをしてから行くんだ。スクールはステップ1から3まであって、今年はもうステップ1は無いから来年だ。来年の2月の終わりにあるからそれに参加しよう。いいな!」と今後の予定を全て話した。大人にとっての数ヶ月はあっという間であるが、小学生の息子にとっては、とてつもなく長い待ちの日々に違いない。しかし、私の言い方が最高裁の判決のごとく決定的だったのか、息子はすんなり、「ん、わかった 」と言って、友達の待つ秋の公園へと琢磨並みのスタートダッシュで自転車を発進させた。
  お金に余裕のない家庭の子供がレーシングカートを試せるのは、既存のスクールしかないと、このときは思っていたが、カートショップに相談すれば、低料金で指導、ためしに応じてくれることを後に知ったのであった。


  その年の11月に、自宅から最も近いカート場のシリーズ最終戦を家族で見に行った。車を駐車場に停めドアを開けた瞬間、2サイクルエンジン音が耳に伝わり、心臓の鼓動が高鳴り始め、息子はすでにオイルの香る方へと駆出していた。初めて観るカートレースに家族全員が大興奮だ。
  有名なサーキットで開催される四輪のレースとは少し興奮度合いが違う。カート用のサーキットではコースの間近で観戦でき、なおかつコース全てを見渡すことができ、ドライバーのマシン操作まで見て取れる。その臨場感は四輪レースの比ではない。また、レースは小中学生から大人までのクラス分けで行われ、子供から大人までが一同に介して行われるカートレースは、子供の教育にもいいかなと思えた。
  そのカート場からの帰り道、助手席の息子に話しかけた。「お前、あんなすこいレースできるか?」息子はキッパリ言い放った。「やりたい、やってみたい!」と。道端の花びらの欠けた秋桜が、少し冷たい風に揺れ、応援小旗のようにも感じられた海岸通りであった。


  新しい年を迎え、雪も解け、寒さも弱まり始め梅の便りの届く頃、予定していたジュニアカートスクールの申し込みをしたことを息子に告げた。大興奮の息子を期待していた私にとって、息子の反応は予想以上にテンションの低いものであった。不思議そうな顔をしている私に妻が、「左手!」と言って息子の左手を指していた。その左手にはトレーディングカード「遊戯王」の束が握られていた。
  今はこれに一番興味があるのかと思い、モータースポーツがオフシーズンの今時期、我が息子のカートへの思いのほどが少し心配になった。しかし、勉強用のカレンダーには、以前何かの付録で貰ったちっちゃなフォーミュラカーのシールが、スクール当日にあたる日曜日にきっちり貼られていた。少し安心する私であった。。。

  「おやすみ!」と言って息子が床についた。土曜日の夜、妻と決まってお笑い番組を観ていた。すると隣の部屋から微かに息子の呻き声のような音がした。「どうした?」と私は息子を覗き込んだ。「何か眠れん」と弱い声が返ってきた。「明日のカートスクールのことを考えていたんか?」と問う私に、息子は更に弱い声でこう話しかけてきた。「父さん、カートちゃんと運転できるかねえ?」と。モータースポーツが大好きで、野球も遊戯王も友達と遊ぶことも大好きで、でも「どうしてもカートがしたい!」って言ったバカ息子でも、本当に望んでいた初めてのことが直前に迫って期待と不安が押寄せたのであろう。
  「大丈夫、お前なら大丈夫!」と言って息子の顔を何度も静かに撫でた。私だって何の確信もない。ただ、大丈夫であってほしいという思いと、息子を早く寝かせてドランクドラゴンを観たいとの願いからだけであった。久しぶりに息子の横にもぐりその小さな手を握った。
  うとうととした私が気を取り戻し居間へ戻ったときには、テレビからは恋のバカ騒ぎのような映像が流れ、妻が「うとうと」していた。


  よく晴れた日曜日、息子の望む新たな旅立ちへと家族を乗せた白い車は、静かな海岸線を西へと進んだ。私と妻にできるのは、その旅立ちを見守ることだけであった。



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